3.11市民ネット深谷のブログ

脱原発をメインにメンバーが気の向くまま書きます。

君臨する原発-どこまで犠牲を払うのか-

本書(発行:東京新聞)は、2013年に中日新聞東京新聞北陸中日新聞に連載された「犠牲の灯り」に加筆され単行本化されたものです。

あとがきを引用します。
「東北の緑豊かな大地を放射能で汚し、人々の平穏な暮らしを奪った東京電力福島第一原発事故。あれから三年、大勢がいまだ帰郷を果たせず、鉄骨むき出しの崩壊現場では作業員らが被ばくの恐怖と闘いながら、それこそ命懸けの収束作業を続けています。これだけの犠牲を払いながら、日本はなぜ原発と手を切ることができないのでしょうか。ひょっとしたら、原発を制御できるものとたかをくくりながら、実際はその逆で、原発に支配され、生け贄を捧げる奴隷に成り下がっているのではないのでしょうか。人間が知らず知らずのうちに工場の歯車となる機械文明を皮肉ったチャップリンの映画『モダン・タイム』と同じように。」

現在においても、モダンタイムが突きつけた機械文明と、その本質ではそれほど変わっていないということでしょう。私たち人間が原発を造りだし、そしてその原発の僕となっている図式ですが、チャップリンの時代に比べ、はるかに複雑になっています。原発=核問題は、煎じ詰めれば命の問題です。生きるか死ぬかの問題でもあるのです。その命の問題が、利権構造の中で見えなくなってしまっていたのです。3年前の原発爆発事故は、私たちにそのことを気づかせました。そして多くの人たちが立ち上がり、結果として日本の原発はすべて止まっています。

しかし、利権構造にどっぷりつかってしまった原子力ムラの懲りない面々は、実に巨大で強力です。彼らはまず、電気が足りないと脅しをかけました。しかし、原子力発電がなくとも、電気は足りていることがバレてしまいました。次に、コストが他の発電に比べて、はるかに安いんだと、言い訳を始めました。ここでも、算術のからくりがバレて、原子力発電は、決して安くないということがバレてしまいました。その過程では、総括原価方式なる電力会社の錬金術原発立地自治体へ麻薬のように使われていた税金などが次々に明らかになりました。最近でも、日本の貿易赤字は、原発が稼働してないことによる化石燃料の輸入が原因とのキャンペーンが張られましたが、実際は、円安や産業構造の空洞化が進んでいることが原因だと、これもバレてしまいました。

危機感を抱く原子力ムラの懲りない面々は、上部構造から再構築を始めたようです。3年の経過をまるで禊ぎが終わったかのように、4月11日、安倍政権は、原発を「重要なベースロード電源」と位置付けるエネルギー基本計画を閣議決定しました。未だに、事故の原因や収束の目処が立ってないのに蓋をしているのです。さらに、これもバレてしまったことですが、核廃棄物の処分方法がないのに、再稼働させるというのですから恐れ入ります。東京新聞は、翌日の朝刊トップで「原子力ムラ再稼働」と推進勢力の蠢動を大きく取り上げました。

毎日新聞は、「東京電力福島第一原発事故による住民の被ばくと健康影響を巡り、外務省が先月中旬、「報告書を作成中のIAEA国際原子力機関)から要請された」として、福島県の自治体にメールで内部被ばくなどの測定データ提出を求めていたことが分かった。メールは、他の国際機関より被ばくを小さく評価されるとの見通しを示しており、受け取った自治体の約半数が「健康影響を矮小(わいしょう)化されかねない」「個人情報をメールで求めるのは非常識」などと提出を断り、波紋が広がっている。(2014年4月13日)」と、推進勢力の蠢動が、具体的にどのような形でなされているか、記事にしています。

安倍首相は、オリンピック招致のプレゼンで、状況は完全にコントロールされていると、国際的に大嘘をつきました。福島第一原発では、相変わらずミスや不手際が続いていて、事故は誰が見ても収束していません。しかしながら、厚顔無恥にも未だに首相の椅子に座り続けています。マスコミの追及も甘く、このことに疑問を呈したとしても、結局は肯定しているのではと思えるほどです。嘘が平気でまかり通る国になってしまったということです。かつてナチのゲッペルスでしたか、大嘘をつき続けると、やがてその嘘は事実になると言ったそうです。さらに問題なのが、このアベノミクスならぬアベノライアスさえもはや旧聞になってしまったのではないかということです。このような風潮が社会を覆っています。こういった風潮を突き破れるかが原発との決別への鍵と思います。

科学的な事実として、事故由来の放射能は減衰していますが、同じく科学的な事実として、放射能福島県を中心に東北・関東地方まで汚染し続けています。大量に降り注いだセシウム137は、100年経ってもゼロになりません。国は、「帰還に向けた放射線リスクコミュニケーションに関する施策パッケージ」なる道具を使い、事故由来の放射能による影響を少なく見せようと、リスコミならぬスリコミに躍起になっています。まるで地元住民は、汚染された郷土に住み続けさせる実験台にされているようです。地元住民の対立構造を巧みに操りながら。

繰り返しになりますが、原発事故は、収束してないし、今でも放射能は漏れているし、更なる重大事故も否定できないのです。広範囲な放射能汚染もそのままです。ということは、この事故は現在進行形でもあるのです。現状では、事故直後多くの人が共有した危機意識の希薄化は相当進んでいるように思います。《嫌なことは忘れる》は、時として必要なことです。しかし、忘れてはならないものも絶対にあるのです。原発からの決別と、放射能から子どもたちを守るのは、私たち大人の責任です。

本書は、理念的なものとは違う角度で、登場する人たちそれぞれの人間ドラマとして、構成されています。もう一度この問題の実相をとらえ直すのも、必要なことではないでしょうか。(仁;内容に踏み込んでいませんね(_ _ )/)

児玉先生の放射能講座

2月23日に深谷ベースにて、放射能の講座を開きました。
講師はときがわ町児玉医院の院長、児玉順一医師です。
内科医院を開業する傍ら、放射能について独自の研究をされています。

きっかけは、深谷のママさんグループで森の測定室・滑川に見学に行った際、児玉医師の書かれた論文「A LETTER FROM JAPAN」を見せていただいたことです。

子どもを持つ私たちは、少しずつ被ばくしながら生活している現状の中で、子どもの体に起きるかもしれない異変を見逃すまいと必死です。パッと見では分からないような、体の中で起きている異変を知るためには、然るべき医療機関で検査をしておきたいという考えを持っていました。

ところが、かかりつけ医に行って放射能の相談をしても、「さあ・・・深谷あたりでは心配いらないんじゃない」という、なんとも頼りがいのない返事ばかりです。放射能の勉強をしているママたちは、住んでいるのがどこであれ、食べ物などで放射性物質が流通していることを知っています。

お医者さんに放射能ヒステリーみたいな目で見られるのも、少しの病気で放射能との関係に怯えるのも懲り懲り!どこかに放射能に真摯に向き合ってくれるお医者さんはいないかなあ。。。と考えている矢先の出会いだったのです。

講座の開催まで、児玉先生とは電話で何度も打ち合わせをしました。そのたびに児玉先生は、子育て真っ最中の私たちの気持ちに寄り添ってくださり、ほんの初歩的な質問にも優しく答えてくださいました。そして、低線量被ばくの危険に悩む私たちへ向けて、いつも「がんばろう!」と励ましの言葉をかけてくださいました。がんばれよ、ではなく共にがんばろうというその言葉に、心がすっと軽くなったのを覚えています。

講座の直前の大雪で一時は開催も危ぶまれたのですが、悪路の中をお越しくださり、無事に講座を終えることができました。

優しい児玉先生
時には笑いも起こる聞きやすい講座でした

講座では、高線量被ばくでは壊れない細胞膜が、低線量の長時間照射では簡単に壊れてしまう「ペトカウ効果」を基に、原発事故でなくても放射能が環境中にまき散らされた地域の同緯度上で特定の疾患が発生していることを学びました。

このペトカウ効果と、直接放射線に曝されるのでなく、フリーラジカルが発生することによって細胞が破壊されることが世の中に認知されていたら、国の放射能対策も少しは違っていたかもしれません。

いまだに世間では、被爆と被曝が混同していたり、天然由来の放射線と比較するなどの無知ゆえ、「低線量・慢性的・内部被ばく」という現状が軽視されています。こうして講座を開くことによって、新しい知識との出会い、ひいては新しい対策との出会いを重ねていくことによって、子どもの被ばくリスクを減らしていけることを願っています。
(ママ崎ママ)

0309 NO NUKES DAY 原発ゼロ大統一行動

3.11から3年がたちました。今週は、NO NUKES WEEKとして全国各地で、様々なイベントが企画されています。3月9日(日)には、反原連など脱原発主要3団体主催の「0309原発ゼロ大統一行動」が日比谷野外音楽堂および国会周辺で開催されました。今回は、その模様を思いっきり個人的にレポートします。

まず、昨年も感じたのですが、日比谷公園噴水前で開催されている「Peace On Earth」との繋がりを全く感じないことです。大変惜しいことと思いました。共催は難しいのでしょうがせめて連携してやってもらいたいと思います。特に今回は、坂本龍一さんが、両方のメインゲスト的な存在だったと思いますので残念です。とまれ、私は新宿での用事を済ませて丸ノ内線で霞ヶ関に向かいました。霞門側の出口から公園に入るとすでにたくさんの人たちが集まっています。「野音の開門は12時30分です」などのアナウンスが聞こえます。まだ時間に余裕がありましたので、噴水前のPeace On Earthの会場に向かいました。テントがたくさん出ています。中央の慰霊ドームで蝋燭を手向けお祈りしました。パタゴニアのテント前では社員の子どもたちなのか無邪気に遊んでいて和みます。

プログラムによるとメインステージで、SUGIZOさんのコンサートが始まる予定になっています。私たちは、噴水のところで軽く腹ごしらえをすることにしました。「SUGIZO」とアルファベットで表記された名前は、脱原発ミュージシャンの一人との認識はありましたが、演奏を聴くのは初めてです。彼のファンなのか、すでに大勢の人がステージ前に陣取っています。肝心の演奏ですが洗練されていてカッコいいですね。ウィキペディアによると、彼は、LUNA SEAX JAPANおよびViolet UKのギタリストでありバイオリニストだそうです。といってもViolet UKは、イメージできませんが。

さて、今回は野音の集会にも参加するつもりでしたので、テントを巡りながらどうにか間に合うだろうという時間に野音に向かいました。しかし、すでに満員状態で立ち見を覚悟したのですが、事務局の当を得た誘導が繰り返されて運良く座ることができました。実は、なぜ野音の集会に出ることにしたかというと、先の都知事選への言及があるのか、その後の両陣営の関係は、などの興味からです。結果は、やはりノーサイドなのか、特段そのことに触れた方はいなかったと思います。

さて肝心の集会ですが、反原連のミサオさんの開会挨拶に続き、福島からの発言が続きます。みなさん、3年目は節目でなく、あの日からの依然現在進行形なんだとの認識で、収束とはほど遠いなかで、14万にあまりの人が依然として避難している状況、福島の人たちが置かれている現実などについて訴え、その後に登壇した坂本龍一さんは、自ら作曲した鎮魂の曲を7インチタブレットを駆使して披露しました。大災害に直面し如何に音楽がむなしいか、9.11のニューヨーク、そして3.11での東京で感じたことを率直に語ります。また、今後の運動について、福島の人たちと寄り添っていくことなしには進まないことを訴えました。

ところで、日比谷野音からその後の行動となると、決まって出口が混雑して時間を取られるのが常です。しかし今回は、予め誓願デモと国会包囲を分けて誘導していたので、外で待ち合わせたメンバーとも比較的すんなり落ち合うことができました。私たちはデモに参加せず、国会包囲に向かいましたが、包囲組も人が多く渋滞気味に国会に向かうことになりました。そんなわけで(特段明確な目的はなかったので)、国会前洋風庭園の中で小休止です。コーヒーを飲みながら皇居を眺めると堀の側道を走っている人が結構います。いつもの光景ですが、彼ら彼女らは国会前の抗議行動をどのように感じているのか聴いてみたくなります。

庭園の中は、早咲きの桜が満開で、小鳥たちが忙しなく枝を渡っています。憲政記念館前に黒のポルシェが停まっています。ちょっと不思議な光景です。とりあえず開放されている西側の門から出て、国会図書館方面に向かいます。案内によるとアートエリアになっていて興味があったのです。和太鼓を使った音楽が聞こえてきます。しかし近づいてわかったのですが、警察の規制があり、あまりエリアとしての機能は果たしていません。なんか、主催者側と警察の綱引きが感じられますが、妥協も仕方ないのか。しかし、誓願デモ参加者が、終了後再び国会前方面に向かうときには、景気付けにはなっていた思います。な訳で立ち止まることも微妙でしたので、このエリアは通過して地下鉄永田町駅の入り口方面に向かいました。信号待ちしていると、議員会館方面に進んでもやはり規制されていて戻ってくるしかないことがわかり、私たちも、誓願デモ終了の人たちに混じり戻ることにしました。今度は蛸入道のような大きなミュージシャンがラップで激しく抗議しています。

国会前に近づくにつれまたまた大渋滞です。これでは国会前抗議エリアに渡れないのではと心配になりましたが、そこは問題なく横断できて、ちょうどミサオさんがシュプレヒコールしている裏を、官邸前に向かいました。財務省上交差点まで来ると、まだ誓願デモ人たちが通過していきます。今日は官邸前抗議も行っているとの情報もあり、そちらに参加することにしました。しかし、グミ坂を上り地下鉄の出入口付近まで来ても、いつもの迫力がありません。近くにいた人に聴くと、官邸前抗議は終了したとか。仕方ないので、上ってくる誓願デモ隊にエールを送りながら《再稼働反対!》、金曜日の清志郎エリアで、自作の太陽光発電装置を地味にアピールしている青年と交流し、再び国会前エリアに戻りました。国会前は、共産党の3人組が登壇しています。志位さんが珍しくつっかえながらスピーチしています。後に続く笠井さん、吉良さんは、簡潔にスピーチしコールも上手い。やはりプロですね。

ここのエリアは、たくさんの人たちで埋め尽くされています。立ち止まれないのでそのまま歩道を下り、今度は、国会前の和風庭園で小休止です。入り口付近ではドラム隊が準備しています。公園内は周りの喧噪に比べると嘘のようです。なんか昼下がりの公園を散歩しているような感じです。しかしこの場にいるのも、大統一行動の参加者です。私は、柵の内側から国会前のアピールを見ようと近づくと、すでにこちら側にも多くの人がいました。司会の紹介で経産省前テントの渕上さんが登壇しました。彼の演説はいつ聴いても上手い。迫力があります。文字通り体を張って闘っている人だけはあります。

最後はドラム隊の音楽に合わせて飛び跳ねました。よく観察すると、国会前までの約100mの歩道に2カ所ほどスピーチしている人たちがいます。国会前通りを挟んで反対側は、このところ希望のエリアと呼んでいる、明日香さん率いるコーナーから歌が聞こえます。そこから少し下がった、ちょうどドラム隊と対になるエリアに金管隊が登場して演奏を始めます。なんか雑多だなあと関心した次第です。別に反原連が調整しているわけではないでしょう。

警察の規制もなんとしても国会前の通りには人を入れない意志が見て取れて、参加者もそのことに慣れてしまっているように感じます。3年は節目ではないと福島からの声は届きましたが、命より金と悪魔に魂を売った原子力ムラの面々は、今年こそは再稼働をとあらゆる策動に出てくるでしょう。しかしながら、得体の知れない、雑多な人たちが、とりとめもなく一つの目的に向かって集うエネルギーは強大です。私たちは、官邸前抗議行動を、脱原発のベースロード(笑い)にして、脱原発運動を盛り上げていきたいと思います。(主催者に感謝;仁)

ベースロード電源というまやかし

政府はエネルギー基本計画案を発表して、再稼働を進める姿勢を鮮明にしています。都知事選の勝利を弾みに一気呵成に行きたいところでしょう。しかし待ってください。約半年、すべての原発が止まっていますが、需要が供給を上回る事態は起きていませんし、多くの国民は、再稼働に反対しています。おそらく原子力ムラがもくろむ再稼働へのロードマップに従って、進めていることと思いますが、とんでもないことです。

政府の基本計画案には、国民の目を欺くかのように聞き慣れない言葉が登場しました。「ベースロード電源」です。このことが、かえってこのまやかしを暴き出します。言葉の解説は、新聞各紙が取り上げていますので省きますが、ようは、日々使う電気の基本的な電源の一つに、原発を位置づけたということです。半年も稼働してないのにです。ベースロードにならないでしょう。

さらに、まやかしは仕込まれています。安全が確認された原発は再稼働を進めるというものです。誰が安全を確認するのでしょうか。政府は原子力規制委員会が、と言っています。しかし、原子力規制委員会の田中委員長は、原発再稼働の判断はしないと言っています。ここに両者の権限と責任のなすり合いの構造が見えます。責任の所在がわからなくなる構造です。

たとえば、○○原発の再稼働を考えてみましょう。政府は、原子力規制委員会の安全審査により、その基準に適合したとの報告を受け、再稼働を決定したと発表するでしょう。再稼働を決定した要件として、あくまで原子力規制委員会の審査結果を強調するでしょう。それでは、原子力規制委員会はどうでしょう。審査は適合と結論出したが、再稼働はあくまで政府の判断であり、関与できないと言うことになるでしょう。責任を曖昧にした再稼働へのロードマップです。

ところで、私たちはこんなまやかしに付き合う道理はありません。そもそも原子力発電所という言葉からその危険性を曖昧にしています。核発電所と言ったらどうでしょう。一般の人は直ちに危険性を意識するでしょう。これも英語を使ったまやかしです。

英語で核兵器は nuclear weapon です。
それでは原子力発電所は nuclear power plant です。
素直に訳せば、発電所です。
これを「原子力」と危険性を隠す言い方に訳したのです。実に巧みです。
ちなみに「原子力」は素直に訳せば、atomic energy でしょう。

話は思いっきり横道に逸れますが、こんなブログを書き始めて、バックグランドで流れていたテレビを、何気なくNHKBSにすると、映画「追憶」を放送していました。シドニー・ポラック監督、主演ロバート・レッドフォード(ハベル)、バーバラ・ストレイサンド(ケイティ)の名作です。最後のシーンは、何度見ても泣けますね。ニューヨークのセントラルパークの角に立ったケイティは、プラザホテルから出てきたハベルに目をやります。ハベルと目が合います。彼には奥さんが同行してますが、ケイティは気にもせず、彼の元に駆け寄ります。再会です。お互いが再婚して別の道を歩んでいることを確認して、彼女は戻ります。すると、今度はハベルがケイティのところに来て、彼女からビラを受け取ります。彼女は、主義、信条を曲げず社会運動を続けています。原爆禁止の署名運動活動です。ハベルは言います「you never give up」、そしてあの切ないメロディが流れます。

この最後のシーン。このときケイティが取り組んでいたのは、原水爆禁止活動だったんだと、改めて思った次第です。

安全なんて決して担保できない原発に対して「安全が確認されたら」とか、
放射性廃棄物の処分方法がないまま再稼働をもくろんだり、
収束なんてできないのに「収束宣言」したり、
汚染水がダダ漏れなのにブエノスアイレスで、「コントロールされている」と嘘ついたり、未だに誰も責任を取ってなかったり、

3.11市民ネット深谷は、脱原発、子どもの命を守る活動を続けます。
NEVER GIVE UP!(仁)

雪害と想定外

2週続きの大雪には参りました。特に2月14日(金)から15日(土)にかけての雪は、関東甲信地域に甚大な被害をもたらしています。公表されている積雪量は、甲府114㎝、軽井沢99㎝、秩父98㎝、前橋73㎝、熊谷62㎝となっています。先々週は60年ぶりの大雪となった埼玉県北部地域ですが、先週の雪は、記録を簡単に塗り替えてしまいました。この地に住む私としては、想像の外にある積雪量でした。

想定外なのです。(どこかで聞いた言葉)

天気予報では、雪は降るが2/8ほどではないというものでした。気象に関していうと、ひまわりなどの気象衛星に、スーパーコンピューターの解析など、桁違いのお金やその道の専門家を配した体制をとっています。地震の観測より困難なレベルは低いと思われます。にも関わらず、外してしまいました。首相官邸の危機管理能力のなさとともに、これが私たちに突きつけられた現実です。

そう、あのときのように。

政治が機能しないのと同様に、マスメディアも限界をあらわにしました。現在進行形の大雪害への感度が鈍く、テレビ画面に帯は出ていても、本当に知りたい情報はあまりなかったように思います。普段だと、大規模な自然災害の発生について、甚大な被害とまで行かなくても、繰り返し放送するNHKが、その機動力をほとんど発揮しませんでした。羽生選手や葛西選手の話題ばかりです。おそらく民放も似たり寄ったりだった思われます。

安倍内閣は、なんとかミクスだけでなく危機管理が売りでは?(え、口先だけ?)
ネットで話題ですが、このとき安倍総理は、私邸にいたとか。そして、赤坂の高級天ぷら屋で支援者と会食していたそうです。人間ですから食事もします。天ぷら屋に行くのが悪いわけではありません。しかし、一国の宰相としては、危機管理対応に、その欠陥をさらけ出したと言わざるを得ないでしょう。口先だけ総理に、天ぷら総理の勲章がつきました。

彼の危機管理は、本当のところ「人の命」には向いてないのです。

「汚染水は完全にコントロールされている」と、国際社会に対して大嘘をつきましたが、親切なマスメディアは、彼のことなどいっこうに咎めず、五輪招致で馬鹿騒ぎをしています。スピーディは機能していたにもかかわらず、真にその情報が必要な人たちには伝わらず、無用な被曝をした人がたくさんいます。

今回の雪害で2つのことが浮かび上がります。

一つは、自然災害に想定外という言葉は通用しないということです。浜岡原発では、防潮堤の完成を待って安全審査を申請したとか。おそらく東日本大震災程度の津波を想定して造ったのでしょう。写真で見る限りあまりに薄っぺらで頼りなさそうです。地震の巣の上にある原発です。あのときを上回る地震が発生して、あのときを上回る津波が直撃したらどうなるのでしょうか。また、フクイチは現段階でも予断を許さない状況です。あの場所に、今後どのような天変地異が降りかかるかわかりません。

言いたいのは、想像を超える、そう、「想定外」の事態は起こらないのではなく、起こるということです。今回の雪害が証明しています。

これでは、常識に考えて原発の再稼働などできないでしょう。安全性なんて誰も保証できないのですから。それでも再稼働したい人たちは、換言すれば「命」より「金」を選択した人たちです。自分の命でなく、自分以外の命も、なのです。

二つ目は、為政者たちの危機管理は、ほとんど当てにできないということです。今回、大雪害が進行中であるにもかかわらず、首相官邸も、行政機関もほとんど初動は機能していません。初動対応は危機管理のイロハのイです。このような現実を突き付けられると、自分のことは自分で守る以外ないのです。そのためには、知識や備えが必要です。彼らに期待などできないのです。自分の身に降りかからなければ、所詮他人事です。

私たちは、自分を守ること、未来を託す子どもたちを守ることに責任があります。

大江健三郎さんは、3.11後を生きる私たちにとって、脱原発はエッセンシャルモラルだと言います。

そう、私たち一人ひとりが、そのことに気づき、行動しなければ、今を生き、そして未来を生きる子どもたちへの責任は果たせないのです。(今仁;悪魔を憐れむ歌を聴きながら)

都知事選終盤に思う

猪瀬さんのオウンゴールで、脱原発派に絶好のチャンスが回ってきた今回の都知事選ですが、今朝の東京新聞(2/6)の終盤情勢を読むと、暗澹たる思いに駆られます。「舛添リード(むしろ差を広げる)、追う宇都宮、細川、脱原発票割れる」がっかりです。一縷の望みは残していますが、報道機関の情勢分析と、結果の乖離はあまりないように感じます。しかし、今回ばかりは、報道機関に一泡吹かしてもらいたいものです。

ところで、3.11市民ネット深谷のKさんがツイッターで紹介していた、小泉元首相のツイート(2/5)を確認しました。「今日の荻窪・八王子・町田の街頭もスゴかった。だけど、街頭の反応と世論調査とどうしてこんなに違うのか。何度も選挙をし、街頭演説をしてきた僕から見るとこれなら圧勝のはずだが、調査結果は一位ではない。おかしい。」郵政選挙で大勝した小泉さんの感覚なのでしょう。新聞やテレビでほとんど報道しない街頭演説の模様ですが、ネットで見る限り細川・小泉陣営の圧勝です。舛添さんは、宇都宮さんにも大きく離されています。このギャップはどこから来るのでしょうか?

自民党公明党そして連合東京の基礎票って、そんなに堅いのでしょうか。舛添さんは、どちらかというとスキャンダラスの人です。現時点でさえ、当選しても、猪瀬さんのように辞任せざるを得なくなるのではないかとの憶測もあります。にもかかわらず、保守バネは、強大ということなのでしょうか。舛添さんというより、細川さんや宇都宮さんには当選してもらっては困るというベクトルが、私たちの想像を遙かに超えているのでしょうか。

投票行動が如何に惰性的なものか、先の2つの国政選挙を見ればわかります。勝利した自民党安倍政権のなりふり構わない矢継ぎ早な行動を見れば、民主党への駄目だしだといっても、自民党に投票した人たちは、ご自身の投票行動に責任を持てるのでしょうか。多くの都民や国民が原発はもういやだと思っているのに、自民党原発政策に乗っかる(乗らざるを得ない)人を、どうして選べるのでしょうか。選挙に行く人って、考えることを止めてしまった人たちなのでしょうか。などと、ダラダラ書いてきたのですが、ここで私が言いたいのは、脱原発陣営についてです。

私のスタンスは、鄧小平が言った「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕る猫はいい猫だ」です。抗日戦争に勝利した中国共産党は、毛沢東の進める人民公社方式の行き詰まりを打開する方策で対立します。鄧小平は、農業生産を回復、拡大させるため、一定の自主的生産を認め、農民のやる気を引き出そうとしたのです。その時、鄧小平が言ったとされるのが、猫のたとえ話です。結局、彼は失脚します。後に文化大革命で走資派と断罪され追放されました。その後、復権し、中国は、彼の進めた改革開放政策により、世界第2位の大国になりました。今では、鄧おじさんと親しみを持って呼ばれています。

評論家の斉藤美奈子さんが、東京新聞の本音のコラムで、今回は勝たねばならないのだと書いてましたが、ならば勝てる候補を擁立することに最大限注力するのが、文化人の皆さんのやるべきことでした。調整がつかないうちに、宇都宮さんが立候補してしまい、満を持して細川さんが小泉元首相の後ろ盾で立候補しました。ネットを見ていると、宇都宮さんを支持する人たちに頑なな人が多いようです。私も個人的には、細川さんより宇都宮さんの方にシンパシーを感じますが、彼では勝てないとも思っています。

昨日、大宮で退職者を囲む会があり、6時頃大宮駅東口の階段を降りていったのですが、共産党が大情宣活動を展開していました。大きな声で皆さんが言っていたのは、「都知事は宇都宮さん」でした。なんで、埼玉で?空しさを感じ脇を素通りしてしまいました。中国に例えるなら国共合作ってのもありました。政・官・財・学の原子力ムラは、あまりにも強力でしたたかです。志位さん小泉さん、同じ敵を打ち負かすためにもウルトラCは期待できないのでしょうか・・・。杞憂で終わればいいのですが。(仁)

バラエティに富んだ抗議(金曜日国会周辺)

f:id:netfukaya311:20140117193313j:plainf:id:netfukaya311:20140118102409j:plain今年も金曜日官邸前抗議行動は続いています。2014年1月17日(金)に参加しましたので、このところの雰囲気なぞ記してみます。

金曜日というと、休み前ということもあり、窓際の身なれど何かと忙しいのです。抗議に行こうと思っても会議が入ったり、打合せが長引いたり、挙げ句の果て「決裁もらいたいので、まだ帰らないですよね」など部下に脅かされたり、断念することも多いのです。この日は、午前から行けそうな予感、午後からは参戦モードで仕事をします。といってもなるべく17:30までに退社出来るように段取りを組むということなのですが。幸いに厳寒期は18:30スタートということなので余裕です。ところが最後の会議が長引いてしまったため会社を出たのが17:40でした。

丸ノ内線霞ヶ関駅に着いたのが18:30。私のパターンは、まず、経産省前テントに行きエールを送ります。そして財務省脇の坂道を官邸前に向かいます。財務省上交差点まで来ると、コールやスピーチが聞こえ胸が高鳴ります。横断舗道を渡ると、抗議に来る人たちをスピーチや音楽で歓迎するかのような、このところすっかり定着している光景に出くわします。今まで、少し先で歌を歌っていた人たちも合流しています。ここは、官邸前と国会前エリアの交差点ですから、参加者は行ったり来たりする人エリアとなります。

私は、取りあえず官邸前に向かいます。すぐに、イラストをたくさん立てかけて抗議の意志を表している叔父さんがいます。何枚あるのでしょうか。道行く人にイラストについて熱く語っています。美輪さん迫力ある~と、見とれつつぐみ坂を登って行きます。いつもより少ないなあと感じながら官邸前まで行き、Uターン、ここは警察官の規制がきつく立ち止まれないのです。国会記者会館の出入り口付近は、たくさんの人で埋め尽くされています。外国人のテレビクルーが抗議の人にインタビューしています。警察官に注意されつつ立ち止まり、その模様を写真に撮りました。地下鉄の4番口まで下ると空きスペースがあり、今日の抗議場所を、ここに決めました。日の丸を振っている叔父さんが、声を掛けてきます。スマホで写真を撮っていたら、よく見えると感心。隣のご婦人が、「まったく、細川さんと宇都宮さんが密約して、宇都宮さん副知事でいいですよね」と、私は急ごしらえの都知事選プラカードを持っていたので、取りあえず「そうですよね~」なんて言って、コールにあわせて大きな声を出していました。

先ほどの外国メディアが舐めるように抗議の人たちを撮していきます。どうも都知事選での盛り上がりはないようなので、私も裏面のプラカードに変えて、抗議の声を挙げていたら、先ほどの外国メディアが立ち止まってプラカード(添付写真)をたっぷり撮っていきました。「おお~3.11市民ネット深谷の海外デビュー」(あとで見たのですが、アメリカのデモクラシー・ナウという放送局で、映っていましたねぇ(笑))この場所で30分ほど抗議して、ぐみ坂を下り国会前に向かいます。ぐみ坂舗道はきたときに比べだいぶ人が増えていて、嬉しくなりました。

先ほどの交差点を国会前方面に進むと、まず、「くり返すなフクシマ」の大段幕を掲げた寄せ書きコーナー、ここでいつもたんぽぽ舎のスケジュール表をもらいます。さらに進むと韓国舞踊の一団、次に大きなパネルを2枚設置して「汚染水は完全にコントロールされている」について、安倍首相のウソを暴いている若者(まじめ~)、まるで「原爆の図」のような絵で抗議する若者、一人で国会に向かって抗議のブブセラを吹きつける若者(おそらく彼は時間いっぱい吹き続けるのだ)。そしてキヨシローリスペクトの人たち。道路側でキヨシローの写真に「主権ハ売ルナ」の文字、しゃがみ込んで写真を撮っていたらヘルメット叔父さんが話しかけてきた。「こっちも撮ってよ」裏(表)は、「カラダハ売ッテモ」の文字、「カラダハ体でなく賃労働などだよ~」、この人としばし雑談していると、通りがかりの人が私に、「今、国家前に宇都宮さん来てますよ」と、知り合い?そんな分けない。国会前あたりを眺めてもそれほど盛り上がっていない。

次にローソクエリアとゲリラカフェ。結構人だかりがしていた。「いろんな抗議の仕方がありますが、私たちは声を張り上げない、静かにロウソクの火を灯し、自然エネルギーへの転換をアピールしてます」と言っていたが、いつもと違い妙に騒がしい。ふと見ると、このグループの女性がパソコンに映し出された人と会話している。「何してるんですか」と問うと、「小熊先生と繋がっているのです、彼女は外人なのよ?」訳のわからない冗談を聞いてたら、私にどうぞとパソコンを持ってきた。なんと、スカイプでメキシコにいる小熊先生と繋がっているのだ。不意にむけられたので驚き、ろくな会話も出来なかった。「小熊先生ですよね。私は埼玉の深谷というところで、ビジャクながら脱原発運動をやってるんですが、先生の「原発を止める人々」を、私たちのホームページで紹介しました。50人の証言はいいですね。ほんと勇気づけられますよ」こんな会話しました。メキシコは午前4時だという、このために早起きか、誰が渡りをつけるのだろうか。

次に、寒くて隣のゲリラカフェでお茶でもと思ったのだが、意外に混んでいて断念し、国会正面エリアに向かいます。今日は1月17日、阪神淡路大震災から19年、スピーチする人たちも、都知事選よりこっちか。私も聞きながら19年前が蘇る。仕事でも、あのときの経験があるから、今回の東日本大震災は、右往左往することなく対処できたと思うのです。焼け野原となった駅前商店街、破壊のエネルギーが筋のように横切った商店街、ビルが押しつぶされた三宮の繁華街。胸が痛みます。

最後は、国会前の横断歩道を渡りファミリーエリアに、いつものパターンだ。ここに機動隊バスが2台。めっきり少なくなった警察官だが、ここはあまり変わらない、むしろその分目立ちます。去年は田中康夫さんが白い風船を配っていたところです。自転車隊も相変わらずこの場所を起点としています。今回は外国人の方も見えます。どこかで見た顔だが、ヘルメットで良くわからない。いつの間にかここに合流してリレーコールなぞ繰り広げているエレキギターのお兄さん、明日香さんにバトンタッチ。彼女の甲高いコール、すっかり名物ですが、時計を身ながら8時きっかりに終了。「今日の抗議は終わりです。寒い中ありがとうございました。原発なくすまで声を挙げ続けましょう」(おそらくこんなこを言っていた)。私の感覚では、本日の参加人数は、1,000人~1,500人と言ったところと思います。寒いこともあり参加者も減少していますが、その分、抗議の形態が多様化しているように感じました。寒い中、毎週、毎週、抗議に通う人たち、設営、撤去、誘導など行う反原連の人たち、ほんとうに頭が下がります。(今仁)